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水商売と日本語

駆け出しの頃。
本当にずいぶん昔の話。


実は諸経緯からクラスの過半数を
いわゆる水商売に携わる方々が占める学校を
担当していたことがある。
さすがにその学校、現在はなくなってしまったようだが
当時そういう学校は地方にもたくさんあったのだと思う。


自分も日本語教師デビューしたてで、
まさか、こういうクラスに飛び込むとは思わなかった。

時には教室が酒臭いこともあったし、
まれにどういうわけか殴られた顔で来る人がいたし、
寝ていないため顔色が悪い学生がたくさんいた。


けれど、誓って言えるのは


みんな、生きていくために必死だった、ってこと。
最近の留学生よりも、ずっと真面目で
ずっと頑張っていたし、根性があった。


人生がつらくてつらくて
時には授業中に泣き出す人もいた。


次のビザはどうなるんだろう。

国のお母さんに送るお金がない。

勤めているお店でママにクビだと言われた。

日本人だんなが別れたいって言っている…。



あの人たちの悩みは、生きるか死ぬか、に近しいものがあって
それを乗り越えようとして作る笑顔も痛々しかったけど、強かった。


学生のために開いたクリスマス会なのに、
なぜかデュエット曲の演歌をありえないほど上手に歌ったり、
国の郷土料理をたくさん作って持って来てくれたり。


働いているスナックのマッチをくれたり、
時には「先生、ボトルいれてヨー」と言って来たり。


国籍はまったく違うのに
夜は同じ繁華街の別のスナックで働いている同士、
仲良くなって廊下で抱き合って泣いていたのを見たこともある。
たぶん、同じ辛さを分かち合っていたんだと思う。


休み時間には
当時そう多くの人が持っていなかった携帯電話で
お客さんに営業をかける。
「最近来ないネー」などと、
こういう人たちは口がよく回るのだけれど
書く方は本当に苦手。
だから地道にノートに何回も書く。

何回も。
何回も。


テストで決していい点を取ることはできない人たちだったが、
どんな難問にも、自分の生活体験で得た限りの日本語を使って解答。
それはしばしば滑稽な内容だったりもするのだが
とにかく意欲が伝わってきた。






…そんな時代を経て
さて、現在。





ペラペラの服を着て厚化粧の留学生、
国の実家がそれほど貧しいわけでもない。
けれども親の管理の届かない日本で
マクドナルドを主食に
夜は「明かりの暗い」お店で働く。


「大陸系」で検索掛ければざくざく出てくるそんな店。
当然学校では勉強もしない。
不機嫌そうに登校し、ただそこにいるだけで時間を過ごす。
学校が終われば、繁華街で仕事。
関心は爪を飾るのと整形と美容院。
それでも大学に行けると思っている。


ぼさぼさに膨らませた髪型で
登校するやトイレで吐いている男子留学生。
「男子」と言っても現実は
国に妻子もいたりする。
日本ではこっちで知り合った別の相手と同棲中。
いやに光沢のあるピチピチのスーツで派手にやって来るが
初級の質問にも答えられない。
とがった靴は傷だらけ、耳のピアスは汚れている。



この変わり様を見るたびに
私はさめざめとした気持ちになってくる。

そして

時代が変わったんだ、
としか言えない自分にも
さめざめとした気持ちになってくる。
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真の実態

チョムスキーやクラッシェンが本当に役に立つと思って
養成所に行っている(いた)方々に、

実際の現場ではそんな気どったこと言っていられないという
現実を教えるため、当方はこのブログを書いています。


現実の日本語学校の仕事、それは
6割を日本語教授に割くとすれば、
4割を「子供の世話」(と、言い切ってしまいます)に割くと言うことです。



どんなに真剣に養成所で勉強しても、
どんなに頑張って日本語教授で修士を得ても、
どんなに努力して教案を書き溜めても、



少なくとも日本にある民間の日本語学校で働く限り


荒らされたトイレの掃除や汚物処理、
居眠りしている学生を起こすこと、
携帯を見るなと際限なく注意すること、
欠席している学生へかける電話、
おしゃべりへの注意、
カンニングの阻止、
状況をわかっていない心無い学生たちの教師への態度、


そういうものに時間と神経を大幅に割かれます。
これは時には先生方の積んできた努力を踏みにじるものでもあります。


(今となっては正直養成機関に教授してほしいのは
 この4割への処し方です)


養成機関が少しでも、こういう詳細を説明してくれているなら
まだ救われるものもありますし、
何よりも日本語教師への道を考える手立てとなります。


しかしながら世の中では、
この仕事が、
やりがいと夢に溢れているかのように喧伝しています。


日本での日本語学校での仕事が
日本語教授以外に神経を使うものであることは、


日本で働く日本語教師のブログと、
海外で働く日本語教師のブログ、
二つを比べてみれば、
その温度がいかに違うことがわかるかと思います。


どうか、傷つくのがいやな方に
小生のブログが、再考の機会になれば、
と思い、投稿を続けたく思います。



みやびゆたか拝

臭いの問題

ここ何年か、自分が気をつけていることのひとつが
事象を語る場合、正確に語る、と言うこと。
当たり前やんか、と突っ込まれそうだが、案外みんなしていない。


「たくさんの人がいた」と言っているけれど、事実は5人程度だったり、
「いつもしている」と言っても、実際は週に1回ぐらいだったり。


特にありがちなのが「こういうことがしょっちゅうある」「よくある」と言う時、
現実にはそんな頻度でもなかったりして。
結構ノリで言ってしまうんですよね。


それで、今日書くことは、1年か2年に1回は遭遇することなので、
頻度多め、って言っていいかもしれません。


臭いの話です。


(人のお立場によっては不快に思われるかもしれませんが
あくまでも起こっていることの客観的事象を書きます。ご了承ください)


クラスで臭いの問題が持ち上がる時があります。
非常に繊細な問題だと思います。


7割がたのシチュエーションが、
極東と中東・南アジアの学生の間で起こります。


これは食べ物とか使っている化粧品とか
習慣とかに由来するものだと思うのですが、
大人はある程度忍耐しても、学生が若い層であるがゆえに、
結構残酷な場面に展開することがあります。


とにかく手厳しいのは女の子ですね…
男子は全般的におおらかで寛容。
タイとか暑い地方の中国の女の子たちは日に何回もシャワーを浴びるそうですから、
清潔なんですよね。だから他人の臭いは許せない。
あとやはり、自国では経験したことのない臭いなのでしょう。

本当にあからさまに嫌がる。

酷い時には口論に発展。

これがクラスの雰囲気を悪くする一因になる。

同じ国籍同士の問題でもなく、
日本語もまだそれほど堪能ではないわけで、
却って複雑にこじれます。


残り3割のシチュエーションが、
男子由来のもの。
親元を離れて日本に来て、
自分を律することができず、自堕落になり、
入浴をしなくなってしまう。


中国で教えていた同僚によると
寒い地方の教室は閉めっきりなので
においは結構強い、最初はきつかった、と言ってました。
土地の気候が乾燥しているため、
頻繁に入浴する必要性がないと考えられているとか。
そういう地方での習慣を、
湿気の多い日本にそのまま持ち込むのも
原因のひとつかもしれません。


教室では冷静にしていても
後で事務にクレームとして届け出る学生もいたりして
本当にこれは難しい問題です。


教師側は窓を開けたりして配慮しますが、
冬となると…


そういう子はバイトが見つからなかったりしますが
この日本では当然でしょう。


結局、最終的には教務が個人的に呼び出して言うことになります。
言う側はつらいですが、仕方がない。
言われた方は…と言うと、これがなかなか分かってもらえない。
本人を依怙地にさせてしまうこともあります。


どんなにバカバカしい細かいことであっても、
やっぱり入学前のガイダンスではっきりと示唆すべきなのではないでしょうか。
後で問題になるよりマシです。

日本は気候のせいで、毎日入浴しなければだめなこと。
一度着たものは夏なら毎日洗濯すること。

日本での学習態度と共に、生活習慣も徹底的に覚えてもらう。
書面なんかで終わらせないで、
とにかく事前ガイダンスを重要視すべきだと思います。

そもそも合わせるべきなのは、どちらなのか。

このニュースを読んで、
今の日本の日本語学校の現状と重ね合わせて
深いため息をついてしまった。


★学校を“ブラック企業”化する、「子どもが可哀そう」という呪文



例えば我々日本人が海外旅行に行くとして、
他の国を訪ねる場合、


「よその国にお邪魔させていただく。」


と言う感覚で、渡航する。

この「させていただく」という物言いがまた日本人的でもあるのだが、
少なくとも私たちは、よその国に「入らせてもらう」のであって、
その「よその国」の文化習慣に合わせるべきはこちら側、と言う常識がある。


当たり前ですよね?


私が思うのは、日本の日本語学校は、
もっと毅然とそういう態度を取るべきだということ。


辞めた今だからわかるのだけれど、
こっちの日本語学校の内部に入ってしまうと、
どうしても

「日本語学校が外国人学生に合わせなければならない」

と言う感覚になってしまう。
経営側も、教師側も。



合わせるべきなのは学生の方。



遠足とかパーティとかで、
イスラム系のために別の食事を用意するとか
そういう深い精神性に根差す問題は仕方ないけれど、
授業を真面目に受けるとか、寝ないとか、
おしゃべりをしないとか、カンニングをしないとか、
宿題をやってくるとか、
そういう常識に合わせるのは学生の方。


少なくとも日本にいる日本人が
日本の常識でやっていて、何が悪い


何らか学校と学生との間に問題が起きても、
合わせるべきは学生の方なわけで
「日本で日本に合わせることができないのならお帰り下さい」
くらい、びしっと言ってもいい。
その尻拭いは、調子のいい営業ばかりやっているエージェントがすればいいのだ。


少なくとも他の国の語学学校ではそうしている。
その国に合わせられないのなら、お帰り願う。それだけ。


例えば中国人が教える中国語学校が、
この日本にあるとすれば、
そこの経営者や教師陣が中国人であっても
日本の常識に合わせるのが普通だろう。
なぜならここが日本だから。

もちろん、海外で教えていらっしゃる教師の方々は
その国に合わせているはず。


ここは日本。
そして学生たちがしているのは留学。
合わせるのは留学しているほう。



日本語教師をやっていると、
楽しい授業を求められるから、それに応えようと努力もする。
その結果、学生との距離が縮まるのだが、
それに呼応するように、学生から気安くされやすい。
これも問題。


こう言うことがよくあった。

学生が「先生は友達みたいですから」と言って、
なにがしか見逃してもらおうとする。
私は冷淡にも、こう言う。


「先生が友達かどうか、決めるのは、
先生のほうですよ。
〇〇さんが決めることじゃありません」



そう言うと学生はちょっと傷ついたりするのだが、
それは仕方がない。
なぜなら合わせるべきは、日本人じゃないからだ。


契約書にでもその条項をきちんと加えておけばいいんだ。
「日本にいる限り日本の常識に従います」とでも。


「日本のアレがいやだ、コレがいやだ」みたいな文句を
善意奉仕で気持ち良くなっているボランティア教師が聞いてやるから
学生が調子に乗るんじゃないか。
合わせるのは学生のほうなんだよ、本来。


反対意見もあるかもしれないが、そういうものと教師は別個にした方がいい。
ボランティアのスクールカウンセラーを定期的に呼ぶとか
反対にカウンセラーのいるところを学生に案内するとか。


少なくとも我々は、
日本にある
日本のやり方で経営している
日本語学校で教える
日本語教師。


その矜持を毅然と守れないような
日本語学校の法令や基準は
問題がある。


日本語業界で感謝していること


業界への文句ばかりでは、ナンだから、
たまにはこの世界に感謝していることなど。


それは何よりも日本語の仕組みと奥深さに浸かることができたこと。
中でも敬語を、熟知できたこと。
これは貴重な宝物だと思っている。
これに尽きる。


この世界に入らなかったら、
自分の敬語はあやふやなまま、
日々をやり過ごして年を取って行ったと思う。


おかしなもので、殆んどの日本人は
留学生のように、敬語とその構造を学校で学ぶことはない。
いつも、みん日49課になると学生にこう言って来た。


日本人は 学校で、きちんと 習いません から
留学生の 方が 上手に 正しく 敬語を 話せることが 多いです
ですから がんばって ください
敬語を 正しく 話せる 留学生は きっと 尊敬されます




偶然入った牛丼屋で、あれは多分ベトナム人女子のバイトだったと思う。
ベトナム人特有のふにゃっとした気の抜けた発音の日本語で、


「店長、お手すきですか。漬物をお出しいただけませんか」


と、聴こえてきて、
確かにパーフェクトではないにしても、
使用を避けることなく、敬語を使おうとしていることに、
少々胸がつまった。


使役形から敬語への回を何年もこなすにつれ、
小生の敬語レーダーはどんどん敏感になり、
今やテレビで芸能人や女子アナが間違った敬語を話すと
レーダーがびーん!!!と立ち、
鬼の形相で画面を振り返るようになってしまった。
既に条件反射である。


テレビって言うのは気の毒だ。
こんなに間違った日本語を話しているのに
誰も気づかないで、しかもテロップまでその間違ったまま作っているのだから。
個人的に思う、間違えやすい層は、
「上品に振舞おうと一生懸命な若い女性」に多い。
自分を格上に見せたいのか、身内について語る時さえ敬語を使う。



敬語の基本構造を自分に叩き込んでしまうと、
その次に、より深く楽しめるようになったのは近代文学だった。

横書きで読むのは最初は違和感だったが、
ネットの青空文庫で近代文学を読むのが好きだ。
当時の日本語が美しいことを、改めて知ることができた。
近代だけではなく、第三の新人くらいまでの日本語は心地いいと個人的に思う。

喫緊の課題として   連れ子の問題

この仕事に携わって、接触するのは留学生だけではない。
扱いが案外難しくてデリケートなのが、



①日本人配偶者がいる外国人奥様

②日本人と再婚した外国人奥様の連れ子





である。


①はもう本人が相当な大人なので
場の空気を読むことも、また学習がどのようなものなのか、
学習によって今後何ができるようになるのかを
経験的に俯瞰できるので、
かえってこちら側が、こどもばっかりの留学生と一緒にさせて
申し訳なくなるほど。




問題は②だ。




それまで当方は、日本にいる人間は「基本的人権の尊重」の下に
ある程度までは教育を受けていると、当たり前に思っていた。


だいたい日本の平日の昼間に、
児童から中学生までの子供が外でふらふらしているということはない。
していたら補導される。


このふらふらしているだけで、過ごしてしまいがちなのが
②の人たちだ。




これは本当に重篤な問題であるから、
国に真剣に考えて欲しい。
近年起きたこの事件も似た状況。
「NPOが助けてます」とかだけじゃなくて、
国をあげて、本気で




もしかしたら詳しくお分かりでない方も
いらっしゃるかもしれないので
僭越ながら②について説明申し上げる。





例:中国人A君

A君のお母さんは、中国で産んだA君を、すぐにご両親に預け、
日本に渡り、働くようになる。A君の父親とは離婚。

10年以上経ち、お母さんは日本人と再婚、
ご両親も年老いたこともあり、A君を日本に呼ぼう!という算段になる。

来日したA君。特に中国の祖父母は総じて孫に大変甘いため、
A君は勉強の習慣もなく、ゲーム中毒であり、自分を制することはできない。

中国語自体正しく読み書きできるか怪しいものなのに
ここで日本語を覚えなくてはならなくなる。

日本の小学校に入学するも、なじめず。
中学にも行かないで家でゲーム三昧。
16歳になり、学校にも行けず、日本語の読み書きもできず、
さりとて働くこともできず、
どうすることもできない外国人少年ができあがる。




この例では「中国人」としているが、
フィリピン人でも、タイ人でも、
この手合いは実にたくさんいるし、
教師の皆さんも最初はこの層の学生の存在に
驚かれたことと思う。


またこれが女の子であった場合は、
それがことをさらに厄介にする。
水商売の世界に接触しやすい。


私はこの手の問題で
何よりも母親の教育が悪い、と最初から責める気持ちはない。
それぞれの国にそれぞれの事情があるだろうし、
それが文化なのかもしれないから。



日本の便利さに慣れきってしまって、
こういう子たちは、母国に帰ることもしない。
ただただ、日本語を学ばないまま、日本で時をやり過ごす。



殆んどの日本語学校は18歳以上の学生を受け入れるので、
子供が18になるや親が恥ずかしそうに、日本語学校へ連れてくる。



同じ国から来た留学生といっしょだと楽しそう。
留学生は言う、


「いいなあA君、ずっと日本に住めるんだ」
「在留資格があるから何時間もアルバイトできるんだね、うらやましい」




しかしながら教師側は、


「・・・この子、これからどうするんだろう」


と、ぞっとする。



教えても、A君は日本語が伸びない。
在日期間が長い連れ子の場合は、口がよく回るのだが
読み書きのレベルは、驚愕するほど低い。


18歳になってしまっているので、大学や専門学校ではなく
高卒の資格を取らせる方向で行きたいのだが、
何というか、本人たちの自覚が欠けており、
今の状況をわかっていない。



国に帰っても、
日本にいても、


今後がまったく不透明な存在、
留学生よりも不透明、
それがこのパターンである。



こんなに若くて、
昼間フラフラしていれば補導されそうなものだが、
フィリピンやタイだと観光客だと思われて放置されるのか、
中国人なら話しかけて外国人だとわかるや放置されるのか、


もっとひどいパターンは明らかに就学年齢に達した児童でも
その辺で遊ばせておくらしい。
この話はそのご近所に住むという人に直接聞いた。
その人が通報したのかどうかは知らない。




私自身の経験だけで申し上げる。



この種の学生で、次のステップに行ける人は
大変少かった、と。





次のステップに行ったとしても
挫折した子も多かった、と。




時たま空を仰ぎ見て、
「あの子はいったいどうなったんだろう…」
と当方が思いをはせる子たちがたくさんいた。




小生、この手の連れ子学生の、
日本人の継父から相談されたこと数回。
大変危惧しておられる。


それはその継父さんが、奥様の教育に対する考えが理解できない、
家でぼうっとしているかゲームしているかだけの
継子が一体何を考えているのかわからない。

わからないまま、どんどん継子は成長していく。
しかしながら言語の問題で疎通ができない。

これで親子と言っていいのか大変悩む。

これからどうすればいいのかわからない。



もちろん、日本人お父さんと、
こちらの笑みが漏れるほど、仲がいい連れ子さんもおりました。
ただ、日本に居ながらにして、
家族の中でただ一人の純日本人である
(→これって教室内の日本語教師も同じですね…)お父さんたちは、
本当に悩みが多いんだな、と思いました。
そんなお父さんたちは、やっぱりこの悩みを共有してくれる
純日本人の日本語教師に、吐露するわけです。



どうか、国でこの対策を、まじめに一考していただきたく思います。

業界の搾取

現在、日本人の留学は大きく減少しており、政府が危惧するほどだ。

それでもかつての日本では
バブルちょっと前から、留学というのは大きなステイタスであって、
「帰国子女」というタイトルは、
当時一億総中流層と言われていたにもかかわらず、
一般人と一線を画す、輝かしいものとして受け止められた。
国際的になるべく留学がブームになり、
海外旅行もまたステイタスとなり、
次第に学校の修学旅行で海外に出るまでになる。



私自身も意外だ、と思ったのは
日本人が留学に興味がなくなったことだ。


お隣り韓国では、お父さんを置いてまで、小さい子供を海外で教育させる。
実際は経済的にはカツカツなケースも多いそうで(韓国人情報)
それでも長い海外での教育に重きを置く。

また中国でもアイビーリーグに入れるべく
幼少時からアメリカ移住。
アイビーリーグ級の大学では勉学だけでは評価されないので
楽器やらスポーツやら社会奉仕活動やら
また親も大学への多額の寄付を申し出るなどして努力するらしい。



私が知る限り、ここまで頑張る日本人はいないし、いなかった。
不況がその大きな理由なんだろうけれど、
バブルの時だってそこまでやった日本人の話は聞かない。
自分の周囲では、イギリスの全寮制に入れられた人(安倍譲二もそうですよね)、
あと多いのはスイスの全寮制からアメリカの大学に行った人たちくらいか。
こういう人は実際に何人か知っている。


むしろ現在の韓国人や中国人級に
多額の財と時間を投じて西洋社会でソーシャルクライマーになったのは
戦前の日本人だろう(薩摩次郎八とか白洲次郎とか)。



今や小学校のクラスに外国人がいることも当たり前となり、
北海道に行くよりもソウルで二泊三日するほうが安く、
外国の物は何でも日本にいながら買うことができる。


留学しても、留学しなくても、
将来仕事にありつけるかは関係ない。
その経歴が邪魔になることさえある。


…はっきり言ってしまうが、日本人はもう

「国際的」

とかには興味がないと思う。



その「国際的」とやらが、
日常に混ざって均質化してしまっているからだ。


留学もそうだけど、
海外赴任でさえ最近は忌避されると言う。


塾やカルチャーセンターのように、日本語教師の仕事を教育産業のひとつ、
と思っている人はいるだろうが、
「国際的でかっこいい」仕事だと思っている人はもういないと思う。
「国際的でかっこいい」と盲信している層以外は。




なので、一度書類選考で落としておいて、後から電話で
「(あなたの憧れの)日本語教師の経験をさせてあげますよ(←無報酬)」
などと電話してきて、タダ働きを目論んでいる学校や
(噂に聞くと今もまだこんなことやっているらしい)、


「こんな素晴らしい仕事につけるのだから、あれもこれもやりなさい!(←無報酬…)」
と言ってくる学校、


「この仕事を極めるためには、これもダメ、あれもダメ、人生全部をこの仕事に集中して、
学校の言うことに服従しなさい!(←…む、無報酬…)」と、
目下の教師たちの体を壊すまで働かせる学校や、


「修行(←常套句)だと思って、こういう教材を(←費用持ち出し…)作りなさい!」
と言いつつ、


馬車馬のように滅私奉公させられていて、寝る時間も足りないにもかかわらず、
「常に時事に敏感に」と言う学校なんかは、




申し訳ないが、もう立ち遅れている人たちだと思う。



今まで勤めた数々の学校の棚で、
それまで多くの先生方が無償どころか
材料費持ち出しで作ってきたであろう
たくさんの教材を、みなさん見てきたはず。
この学校、こんなこと何年もさせてきている。
平気でそれを今でも使っている。



上記に書いたような「日本語教師至上主義」マジックに、か
かってしまう人たちもかつては確かにいたが、

近年教師になった人たちにすれば


「(゚Д゚)ハァ? (゚Д゚)ハァ? (゚Д゚)ハァ?」


であろう。


ボランティア系日本語教師の方はちょっと違うかもしれないけれど、
かつての日本語教師のように
「国際的でかっこいい」と、すべての最近の教師は思っていない。



人によっては表だってこの仕事をしていることを
外では言えない、という価値観の人もいる(男性とか)。


「この仕事は憧れだけでは困るのよ!」


(↑なんで女言葉なのかは聞かないでください・・・)
と言いつつ、
首ったけに憧れている人材だけが欲しいのが日本語業界。
「いや憧れていませんが」と言われれば、
外資の管理職と同じくムッとする。


単純に仕事のひとつとして日本語教師を選ぶ人もいれば
他のこと(主婦業でも副業でも)と並行して行う職業として
日本語教師を選ぶ人もいる。
そういう人たちは、業界のこういう
「修行」という名の下の搾取に不快感を抱いているだろう。



そうでなければ、当方のブログで一番反響があるのが
この回であるはずがない。

思ってないから安心しろ

最近こんなニュースが出ましたね。


W杯日本戦「何で見てないの?特集」 とくダネ!に「非国民扱いするな」と非難轟轟


ごめんなさいねぇ~、当方もW杯になんの興味もないマイノリティなものでぇ~。
ここ最近、弊ブログをアップできるのも、イラっとするのでTVをつけないからかも~。




このニュース、ずっと書きたかったネタのいい導入なので、
ここぞとばかりに引用させていただく。


マジョリティの方々は、「万人は皆サッカーが好きだ」と信じて疑わない。
「いや、好きじゃありませんよ」と言う意見があったら、
上記の「何で見てないの?」という思考回路になる模様。


旧態依然な日本語業界にも大いにこう言う面が見られる。
イヤ、そっくり。




話は日本語業界から、外資企業へ。
小生の阿呆なエピソードを聞いてください。



大学の時の就職活動で、外資を受けた時のことである。
なぜか書類選考に通り、面接と相成った。
面接官はカリカリした女性管理職。
色々な質問でチクチク来た後、この女性は声高にこう言った。



「あなた、外資だからかっこいい!
と思って受けたんじゃないの?
そんな甘いものじゃないのよ!」




当方、それまでは淡々と大学の専攻やサークル活動、
アルバイト経験に関する質問に答えていただけである。
なんでこの女性が高圧的にこう言ってきたのかはわからない。


若かったせいか単細胞なので
「あ、この会社ではそういう思いで働いてはいけないんだな」
と納得し、本当にそう思ったことはなかったので、
今思えば笑ってしまうが、満面の笑顔でこう切り返した。
先方を安心させるためである。


「外資がかっこいいと思ったことはありません
そういう思いで志望してはおりませんので大丈夫です!」



と答えた。



その時の、女性管理職の顔と言ったら…



…当然だが、その面接は落ちた。

「外資をかっこいい」と思っているのは実はご本人であって、
「かっこいいと思うな」と言っておいて、
「かっこいいとは思ってませんよ」と返されると
結局ムッとする。


ご本人が隠していた自画自賛が露呈しただけの
大変滑稽な悲しい出来事であった。


何度も書いてしつこくて申し訳ないが、
当方の仮想敵は
「人の憧れを食い物にしている日本語業界」である。
こういうことををいまだにやっている層こそが
「日本語教師は(もしかするとこの世で一番)すばらしく国際的な仕事」
だと信じて疑わない人たちである。


一時期は本当に、多くの人がそう考えていたのかもしれない。
しかし時代は変わった。
それに気づかない、置いていかれているのに、
まだその思想で頑張っているのがこの日本語教師信者である。

続く。

日本と欧米の語学教室の違い

欧米の語学教室の例は、自分も含めほうぼうで聞いて知っているので、
どうかアジア圏でその国の言語教室に学生として行った方にぜひお聞きしたい。
学生たちの態度はどんな感じなのか。


少なくとも欧米の語学教室で、クラス内の和を激しく乱すような学生はいない。
きょうびは携帯ばかり見ている学生が多くて、一時的に問題になったらしいが。


欧米(って言っちゃうとざっくりしているが、
便宜上ここでこう呼ばせていただく。
当方が情報を把握しているのは、アメリカとカナダ、およびEU加盟国、一部東欧。
豪州も似たり寄ったり)では、
ご存知の方も多いだろうが、学生の出席率に関し、学校は警察に報告するだけで、
あとは放置、ということが殆んど。


教務が寮に突撃することもない。
寮を所有している学校の場合は、
そこの寮生が全然来なければ警察におまかせするケースもあるようです。


教師は学生に「やる気がないなら来るな」と言い、
学生は「はい、そうします」とばかり来なくなる。それだけ。
学生が「勉強つまらない」「やりたくない」と思えば、次の日から来なくなる。それだけ。
あとは学生ビザ失効まで、ぶらぶらしているんだと思う。それか帰るか。それだけ。
学校からは国によっては書面なりで「警告」がされる。それだけ。
出席率の報告が警察に行き、次のビザは延長できない、それだけ。



つまり、最終的に、教室にいるのは

基本的に「勉強しようと思って来ている」学生だけ

自動的に淘汰されていく。



日本の日本語学校のように、留学生の逃亡が〇%を越えたら、
その学校アウト、という決まりがあるのかどうかは、知らない。


どこの国にもブラック学校はあるので、その後の滞在方法は何らか存在する。
とにかく教師や学校側が、学生の出席のためにあれこれ奔走することはない。
また、日本語学校のように、学生のメンタルまでべったり気遣うと言うこともなくドライ。
あとは動くのは警察。




一方、先生方が苦労されている学生たちはどうですか。
居眠り、携帯、おしゃべり、ひどいのは食事。
やる気がなくて、勉強が苦痛で、疲れていて…


これ、全部、
日本の日本語学校が就学生の出席率を維持しなければならない、
と言うところから来ているということですよね。
何度も思ったでしょう、
「やりたくないなら来なければいいのに」と。
そう思った次にハッ、考えるのは、
「でも来なかったらとっつかまえて空港送りにしなければ」と。



欧米の語学教師は、日本語教師と違って、こういう責務から免れているんですよね。
そしてあちらの学生は、「やりたくないなら行かなければいい」という
(こう言ってはなんだが)自由がある。



アメリカ人の語学教師に


「寝ていたり、やる気のない学生と
一緒に授業なんてできるわけないじゃないですか」


と、白――い歯を光らせて
さらっと言われた時のショックと言ったら…
(まさか日本ではそういう状況で日本語教育をしているとは言えない。
ひどいのは机の中に弁当隠して食っている、とは…)。



あの、
「やる気がない学生たち」は、

疲れていて、勉強したくないのに授業にでなければならなくて、
それも大学の選択科目や、カルチャーセンターとは違い、
毎日来なくてはならなくて、
「お金払って何でこんな目に」という、

憤りが鬱積した結果ということなわけで。



一度、こんなことがあった。


休み時間に韓国人男子学生が、帰ろうとしたので
首根っこつかまえて教室に戻した。
本人は、「えっなんでなんで???」と言う風情で、
次の授業中もずっとぽかんとしていた。



残して説教、となった。



そこで聞いたこと。


「自分はアメリカにも語学留学したけれど
こんな出席を強制されたことはない。おかしい。
日本に来るときはエージェントにこう言われた。
アルバイトしながら、日本語ならって、
日本の生活をエンジョイできる、と。
アメリカではそうだったのに、どうして?!」


そこで、日本の日本語学校では出席は強制できる、と言うと
顔色がかわった。


「だまされたんでしょうか?」
そう、彼は英語でつぶやいた。
この子は結局その後、日本が大嫌いになって帰国していった。


(※事実、この時期の韓国人は
「エージェントにだまされた」
とみんなが口々に言っていた。
だから本当にそういう営業が横行していたのだと思う。)


ベトナム人の場合はというと
エージェントからは「とにかく金が稼げる」とばかり言われて
その気になるらしい。
親が子供に稼がせたくて行かせるケースもある。


勉強したくて来る学生よりも
働きたくて来る人たちが多いのだから
そういう人たちのいるクラスは教室運営がうまくいかない。



日本語教師の養成講座では
日本の日本語学校が、
他国のそれと比べて特異な状況にあることを
示唆していないと思う(今はどうか知らないが)。


日本語学校で、
出席率は教師の授業クオリティのせい!
と強引に結論付けるところもあるが、
そう単純ではないんじゃないか…
エージェントの説明も、本当にいい加減なのではないか…



…と、例のアメリカ帰りで日本が嫌になって帰った子が
国で結婚したとのニュースをもらったので、
記念に書いてみた。

教師の外見力 【装い編】

前回は生来のものであり、時間的に期限がある「容貌」というものが
教師存在にどう影響しているかを述べた。
これを現時点では持ち得ない(かつて持ち得ていたとしても…ね)方々にとっては
「そんなこと今さら」的な話題だったかもしれないが
このブログは、日本語教師の現状での労働環境、
進学主義にしか留まっていない日本語業界、
そして「どうでもいいこと、どうにもならないこと」で悩んでいる先生方に
諦観・楽観と共に楽になっていただきたいから書いている。


今回は万人に関係があるであろう、教師の「装い」についてである。


私は日本語教師になる前、普通にサラリーをもらう身分であった。
同じ職場の先輩の奥様が日本語教師でいらして、
一緒にご飯を食べた時、こう言った。


「今勤めている学校、とにかく肌を出すなって言われてる。

                 “女”を感じさせる装いが禁止なの」


確か化粧も禁止だったと聞いた記憶がある。


あの頃の日本語学校と言えば、殆んどが就労目的のアジア人とイスラム系。
それは恐ろしく荒れていたという話がある。
そんな中で、修道女的装いをしろというのは、
暴行とか窃盗とか、あとは嫉妬の対象になってしまう、とか?
多かったイスラム系に阿ったとか?



だが、現在ではどうなのか。


この「装い」と言うのは男女一緒に語ることができないのが厄介だが、
それでも男女ともにファッションも化粧もずいぶん変わった。
少なくとも私が子供のころは、髪の色を変える=不良(←死語)、
それも大学生まで。アイドルにも髪が赤い人なんていなかった。


ダウンジャケットなんて、会社に着ていくものではなかったし、
OLがつけまつげするのも、足指が見えるサンダルを履くのも、
業界によってはジーンズ通勤するのも、
実は結構最近のことでしょう?


当方、数奇な諸事情により日本語教師を始め、常非含め東から西まで
両手ぐらいの学校を経験した。
そんな中、「TシャツでOK」と言われたのが1校だけ。
着ませんでしたけどね。


前回ブログで「容貌は授業内容を超える」と書いたが、
装いも実際のところ、ある層の学生の気を引くと思う。
そもそもよく考えれば、人が非母語を習おうとするきっかけの多くが
異文化への憧れである以上、教師の服装や持ち物には注目する。


前回ブログで述べた、当方の予備校時代の古典講師。
今で言う「読者モデル」でいらしたようだが、
周囲の視線に晒されてか、ご本人は容貌だけでなく毎回お召しになるものも
地元の地方都市ではとても購入できない品質のもので、
女子学生は毎回チェックしていた。


教師の皆さんもすでに見ている筈。
化繊のペラペラスケスケの服を、だらしなく着ていた中国人女子学生が
日本で洗練されていく姿を。
英文字だらけのTシャツばっかり着ているベトナム人が、
次第に落ち着いた装いを好むようになるのを。


最近金回りがよくなった中国人でさえ、
本当にちょっと前までは、
ポロシャツをツータックのズボンの中に入れて
ベルトで締めるような男子ばかりだった。
女子はわき毛を剃る習慣もなかった。


きょうびの日本語教師が気がついていないのはその点なんじゃないか。
学生は、とくにアジア人は確かに進学しようとして来ている人が大半だけれども
留学って、そもそも本当に勉強だけを目的に来ているのかな?
文化を目的に来ている人もいるわけでしょう?



そのことに気がついたのは、
受け持ちの韓国人男子学生たちに買い物を頼まれた時だった。
先生の着ているそういうシャツが欲しい、お金渡しますから買ってきてください!
先生が遠足の時していたアクセサリー、スニーカー、いくらでしたか、買ってきてください!
実は自分、日本でタトゥー入れたいんです!
どこに行けばかっこいいのが入れられますか?!



例えば日本人がヨーロッパに語学留学するとして、
吸収したいのは語学だけじゃないわけで。
帰国したら「留学ですっかり洗練されて」って言われたいわけで。

行った先の身近な人たちの、身なりを見ますよね。
それで「ああ、やっぱりこちらの国は違う」とか「こういうことなんだ」とか思って。
そうじゃなかったら、道端の着こなしのいい人の写真ばかりの
ストリートファッション雑誌なんて、こんなにもてはやされませんよ。



ちなみに韓国人女子学生で
「整形するから来週は休みます」
って人もいた。
(自分の国じゃなくて日本でするのか…って思った)


アジア女子たちが若い非常勤さんに
彼女が行っているまつげだか爪だかのサロンについて
聞きに来たり。



一部の中国人男子は「藤原ヒロシ」を知っている…。



今後、アジア諸国が豊かになっていくにつれ、
進学だけが目的じゃなくなってくる。
「そんなことばっかり考えてないで、勉強しなさい!」
なんて、いつまで言ってられるのか。


…だからと言って、日本語教師みんなが
おしゃれをしなければいけないと言うことではない。
ただ、学生さんたちはみんな見てますよ、ってことです。
これは教師の年齢層には関係ないと思う。


お年を召した女性教師に憧れていたアジア女子もいた。
年をとってもああいう風に華やかでありたいって。
白髪に薄紫が入っていて、服装も洗練されていた。
私の国にはああいうおばあさんはいません、すてきです、って。


初老の非常勤の男性教師は、もともとアパレル関係だった人だが、
ノータイ、スタンドカラーのシャツが
「建築家みたいでかっこいい」と言っていた韓国人男子たち。


教師のネイルアート(過剰すぎるのはどうかと思うが)、
おもしろネクタイに時計、
実際、そういうディテールから異文化の香りを感じているのが学生。



…そういえば服装について、何年も学生から聞かれることが一つある。
中高年の教師の方々のミニスカートだ。
ミニって言っていいのか、とにかく膝が出るくらい?
外国人学生にとっては驚きと共に不思議だそうで、
短い丈のスカートは30代前半まで、
それ以降であの丈を履く人はいません、と言う。
一応「その先生方が若かった時代は、そのスカートをはく人がたくさんいましたから」
(バブルの流行だとは説明が難しく…)

…と、毎回言って突き放している・・・。
後でもめたくないから!


プロフィール

miyabiyutaka

Author:miyabiyutaka
夢を追って心が折れてしまう前に。
______________

某本にかこつけてタイトルつけてみたけど…
日本人「の」、って、教えにくい日本語ですよね。
日本人「が」、だったらまだやりやすいんだけどな。


学生のための日本語教育ブログだったら、他にいっぱいありますのでそちらへどうぞ。
日本語教師として「働く側」からのブログです。

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